弁理士として独立開業し、気付いたことを綴っていきたいと思います。
テーマを決めて、一話完結形式で記していく予定です。
  • 第9話

     近年、商標登録出願は増加傾向にあり、特に、個人・中小企業による出願が約6割を占めています。しかし、登録査定後の未登録件数も増えています。さらに、不使用取消審判(商標法50条)に対する請求成立は、約8割です(https://www.jpo.go.jp/resources/shingikai/sangyo-kouzou/shousai/shohyo_shoi/document/t_mark_paper09new/01.pdf)。

     これは、個人や中小企業にも権利意識がでてきたこと、及び一部の特許(商標)事務所が格安の商標登録出願をセールスポイントにしていることで、安易な商標登録出願が増えていることが原因と思われます。

     商標法による保護対象は、商標そのものではなく、商標に化体した業務上の信用です(同法1条)。ブランドを確立してビジネスを成功させることが目的であり、商標登録はそのための手段です。

     商標登録された後でも、特に競争の激しい分野では、競合他社等から商標登録の無効の審判(同法46条)を請求される場合もあります。この場合、せっかく登録された商標を守らなくてはなりません。商標登録は、ブランドを確立してビジネスを成功させる道程の一理塚にすぎません。使用する目的も予定もないのに、料金が安いからと商標登録出願し、登録査定になっても登録しなかったり、登録しても使用しなければ、結局出願費用は、無駄になります。

     格安の商標登録出願をセールスポイントにしている特許(商標)事務所の中には、登録査定後の登録手数料を無料にしているところもあります。そのような事務所にとっては、出願人が登録しても登録しなくても、事務所の受け取る報酬に変わりはなく、出願人が登録しなければ、却って手間が省けます。

  • 第8話

     第7話に引き続き、特許明細書の記載について説明します。

     特許明細書を作成する際、発明者の作成した提案書に対して、弁理士や特許技術者が知ったかぶりをして新たな情報を付け加える場合があります。

     [参考資料]の「特許発明の技術的範囲とその解釈について」の裁判例2(マキサカルシトール事件)は、均等論が適用された事例です。これによって、特許発明の技術的範囲(特許法70条)が、特許請求の範囲よりも広く解釈されました。

     上記裁判例の最高裁判例の調査官解説を見ると、「本判決の説示からすれば、仮に、本件明細書に、トランス体をシス体に転換する工程の記載など、出発物質等をトランス体のビタミンD構造のものとする発明が開示されているとみることができる記載があったならば、均等の主張が許されない特段の事情が存するとされた蓋然性が高かったようにも思われる。」(「法曹時報」平成29年12月号213頁)との記載があります。すなわち、本件明細書作成者が、知ったかぶりをしてこのような情報を付加していたならば、均等論は認められなかった可能性が高いことになります。

     ところで、民事系の最高裁判例には、「民集」と「集民」とがあります。「民集」が公式の最高裁判例で、「集民」は裁判所の内部資料として作成されたものです。

     最高裁の判決は、最高裁裁判官が直接書くのではなく、「最高裁判所調査官」と呼ばれるエリート裁判官が原案を作成し、最高裁裁判官が加筆修正します。

     「民集」については、月刊誌「法曹時報」に、その最高裁判決の原案を作成した調査官による「最高裁判所判例解説」が掲載されます。このため、別名「調査官解説」とも呼ばれます。これを年毎にまとめて製本したのが、「最高裁判所判例解説 民事篇」です。

     最高裁の判決文は、比較的簡潔であり、その解釈には幅があります。それを補うのが、「最高裁判所判例解説」です。「最高裁判所判例解説」は、最高裁判例(民集)の最高裁による実質的な公式注釈です。このため、最高裁判例(民集)は、必ず「最高裁判所判例解説」を参照しながら読む必要があります。しかし、多くの弁理士は、「最高裁判所判例解説」の存在すら知らないのが現状です。

  • 第7話

     特許明細書を作成する際、「発明の効果」を記載すべきか否か、記載するとすれば、[発明の効果]の欄に記載すべきか、[発明を実施するための形態]の欄に記載すべきか、という議論をする弁護士や弁理士がいます(https://jpaa-patent.info/patent/viewPdf/3240)。

     しかし、権利行使、すなわち特許権侵害訴訟では、特許発明の技術的範囲(特許法70条)は、明細書の記載のみで判断されるのではなく、本件発明と対象発明との相対的な関係で判断され、特許請求の範囲よりも狭く解釈される場合と広く解釈される場合があります(それぞれ[参考資料]の「特許発明の技術的範囲とその解釈について」の裁判例1と裁判例2を参照)。

     特許明細書を作成する際、発明の効果等を書き過ぎると権利範囲を狭めるとの指摘は一理あります。しかし、進歩性欠如(特許法29条2項違反)の無効理由(同法123条1項2号)を有すると、権利を行使することができません(同法104条の3)。この場合、侵害訴訟の審理において、権利者が進歩性を有する旨を主張する際に、「有利な効果」をその根拠とすることができます(https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/guideline/patent/tukujitu_kijun/document/index/03_0202bm.pdf)。特許明細書の記載と権利範囲との関係は、複数の要因によるバランスで決まるものです。