
弁理士として独立開業し、気付いたことを綴っていきたいと思います。 テーマを決めて、一話完結形式で記していく予定です。
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第17話
無体財産権(知的財産権)には、人間の精神的活動の結果生じた創作物に対する権利と、営業上の信用に対する権利があります(基本法学3財産281頁、「無体財産権」中山信弘)。
人間の精神的活動の結果生じた創作物には、特許権、実用新案権、意匠権があります。営業上の信用に対する権利には、商標権があります。
商標権は、特許権等と異なり、商標権者からの商標法38条2項に基づく損害賠償請求に対して、侵害者は、損害の発生があり得ないことを抗弁として主張立証して、損害賠償の責めを免れることができます(最高裁平成6年(オ)第1102号同9年3月11日第三小法廷判決・民集第51巻3号1055頁)。
すなわち、商標権の保護対象は、商標そのものではなく、商標に化体した営業上の信用なので、商標登録されても、それだけで権利行使が認められるわけではありません。これについて、最高裁は、以下の解説をしています。
「特許権、実用新案権のような権利の場合と、商標権の場合とでは、異なった考慮をする必要がある。すなわち、特許権、実用新案権等の場合には、それ自体が創作的価値を有するものであって、その侵害品は、その性能、効用等において特許権等を利用したものであるから、侵害品の売上げの中には必ず特許権等の対価に該当する部分がある。また、侵害品が売れたということは当該特許権等の実施品についての需要が存在するということを意味するものであるし、そもそも侵害品が販売されているということ自体が、当該特許権等の実施権設定についての需要が存在するということを意味するものといえる。
これに対して、商標権の場合は、それ自体は創作的価値を有するものでなく、商品の出所たる企業等の営業上の信用等と結び付いて初めて一定の価値を有するものである。すなわち、商標を付した商品が売れたからといって、直ちに当該商標が売上げに寄与したということにならないし、商品が売れたということで当該商標についての使用許諾を求める需要が存在するということを意味するものでもない。」(同判決、最高裁判所判例解説 民事篇 平成9年度 (上) 370頁)
商標権は、特許庁における商標登録と、その商標が実際に使用されて営業上の信用が化体していることの両方の要件を満たさないと、権利行使できません。
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第16話
メリヤス編機事件(最高裁昭和42年(行ツ)第28号同51年3月10日大法廷判決・民集第30巻2号79頁)とシェトワ事件(最高裁昭和63年(行ツ)第37号平成3年4月23日第三小法廷判決・民集第45巻4号538頁)とは、矛盾するのではないかという指摘があります。矛盾するとすれば、いずれが原則でいずれが例外かということになります。
従来の最高裁の判断は、「原審が事実審である以上、審判の際主張されなかつた事実、審決庁が審決の基礎としなかつた事実を、当事者が訴訟においてあらたに主張することは違法ではない」(最高裁昭和26年(オ)第745号同28年10月16日第二小法廷判決・集民10号189頁)。
「本件審判における争点に関する限り、訴訟の段階でも、攻撃、防禦の方法として、新な事実上の主張がゆるされないものではない。」(最高裁昭和33年(オ)第567号同35年12月20日第三小法廷判決・民集第14巻14号3103頁)
「登録無効審判の審決の取消訴訟において、係争の法条違反とは別個の登録無効事由を主張して争い得ないが、・・・、その審理の範囲を、審決が結論の基礎とした特定事項の判断またはその判断の過程に違法があるか否かの点に限定するのは、相当でない」(最高裁昭和39年(行ツ)第62号同43年4月4日第一小法廷判決・民集第22巻4号816頁)。
メリヤス編機事件では、以下の理由で、上記の各判例を変更しました。
特許無効審判の審決取消訴訟において、特定の公知事実との対比における無効の主張と、他の公知事実との対比における無効の主張とは、それぞれ別個の訴訟物をなすと解される。さらに、確定審決の一事不再理(特許法167条)の効力の及ぶ範囲を同一事実及び同一証拠による審判の請求に限定しているのは、確定審決に対し、そこにおいて現実に判断された事項につき対世的な一事不再理の効果を付与したものと考えられるから、審決の取消訴訟においても、その審理範囲は審決で現実に判断された具体的事項に限定するのが相当である。(参考文献:最高裁判所判例解説 民事篇 昭和51年度37頁)
これに対し、シェトワ事件では、不使用取消審判の審決取消訴訟における当該登録商標の使用の事実の立証は、同じ訴訟物に対する立証の時期の問題であり、原則通り、事実審の口頭弁論終結時に至るまで許されるとしました。(参考文献:最高裁判所判例解説 民事篇 平成3年度253頁)
以上から、シェトワ事件が原則であり、メリヤス編機事件が例外です。
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第15話
キルビー判決(最高裁平成10年(オ)第364号同12年4月11日第三小法廷判決・民集第54巻4号1368頁)によって、侵害裁判所は特許に無効理由が存在することが明らかであるか否かについて判断することができ、無効理由が存在することが明らかなときは、その特許権に基づく差止め、損害賠償等の請求は権利の濫用に当たり許されない旨が判示されました。
その後、特許法104条の3第1項が施行され、侵害裁判所は、無効理由の存在が「明らか」である場合に限らず、特許の有効性について判断することが可能とされました。侵害訴訟において、当該特許が「特許無効審判により無効にされるべきものと認められるとき」は、特許権者はその権利の行使をすることができないことになりました。
これにより、特許の有効性に関する判断が、「無効審判ルート(無効審判、審決取消訴訟及び上告審)」と「侵害訴訟ルート(侵害訴訟、控訴審及び上告審)」の二つのルートで行われ得るという、いわゆる「ダブルトラック」という状況が生じています。
特許の有効性の判断が無効審判の一次審決と侵害訴訟の第一審判決とで異なる場合であっても、侵害訴訟の控訴審と審決取消訴訟が知財高裁に同時期に係属した場合には、同じ担当部へ配てんされる運用により、知財高裁で判断が統一され、侵害訴訟ルートと無効審判ルートの二つのルートの判断齟齬が生じない仕組みになっているとされていました(https://www.jpo.go.jp/resources/shingikai/sangyo-kouzou/shousai/tokkyo_shoi/document/seisakubukai-28-shiryou/01.pdf)。
上記の場合に該当する近年の裁判例を検討します。
侵害訴訟(東京地裁令和元年(ワ)第25121号同3年12月9日判決)において、裁判所は、被告の実施する発明が当該特許権(特許第6538097号)の技術的範囲に含まれるが、当該特許権は引用発明(特開2015-102994号公報)により無効理由を有するとの理由で、請求を棄却しました。その控訴審(知財高裁令和4年(ネ)第10008号同4年11月29日判決)も、同様の理由で控訴を棄却しました。
上記侵害訴訟の被告(被控訴人)は、同じ引用発明(特開2015-102994号公報)により上記特許権(特許第6538097号)の無効審判(無効2019-800106)を請求しましたが、請求不成立とされたので、審決取消訴訟(知財高裁令和3年(行ケ)第10027号同4年11月29日判決)を提起しましたが、同様の理由で請求が棄却されました。
上記控訴審(知財高裁令和4年(ネ)第10008号同4年11月29日判決)及び審決取消訴訟(知財高裁令和3年(行ケ)第10027号同4年11月29日判決)は、同じ裁判体で同日に判断されました。にもかかわらず、侵害訴訟ルートと無効審判ルートで判断齟齬が生じています。特に、上記控訴審は、「特許無効審判により無効にされるべきものと認められるとき」(特許法104条の3第1項)に違反する違法な判断です。両訴訟の判決文を見ると、いずれも十分な審理をしているとは言い難く、第一審地裁の判断と特許庁審判部の判断を追認しているだけです。
今年(2024)の7月1日、弁理士の日の祝賀会があり、知財高裁所長も来賓として招待されました。そこで、「早い、安い、便利な裁判所を目指します。」旨の挨拶をしました。この「便利な」とは、利用者にとって便利という意味ではありません。裁判所を運営する側にとって便利という意味です。すなわち、事案を十分に審理することなく、右から左に処理するという意味です。上記の裁判例は、その典型例です。現在の知財高裁は、その設立趣旨(知的財産高等裁判所設置法1条)に反し、機能不全に陥っています。