知財業界の旬な話題について、独自の視点で、一話完結形式で記しています。
  • 第40話

     今回は、今年の3月に話題になった意匠の審決取消訴訟(知財高裁令和7年(行ケ)第10091号同8年3月10日判決)について解説します。

     原告は、意匠に係る物品を「自動二輪車」として、意匠登録出願すると共に、「意匠の新規性喪失の例外規定の適用を受けるための証明書」(意匠法4条3項)を特許庁に提出しました。

     意匠法4条3項は、令和5年改正法の施行日が令和6年1月1日です。本願の出願日は令和5年8月31日なので、改正前の意匠法4条3項が適用されます。その規定は次のとおりです。「意匠法4条2項の規定の適用を受けようとする者は、その旨を記載した書面を意匠登録出願と同時に特許庁長官に提出し、かつ、第3条第1項第1号又は第2号に該当するに至った意匠が前項の規定の適用を受けることができる意匠であることを証明する書面を意匠登録出願の日から30日以内に特許庁長官に提出しなければならない。」

     改正後は、次の文が付加されます。「ただし、同一又は類似の意匠について第3条第1項第1号又は第2号に該当するに至る起因となつた意匠登録を受ける権利を有する者の二以上の行為があつたときは、その証明書の提出は、当該二以上の行為のうち、最先の日に行われたものの一の行為についてすれば足りる。」

     本件の公開意匠は、本件証明書に記載された展示会で展示された自動二輪車の意匠です。本願について最初にされた拒絶理由通知は、本件展示会で公開された自動二輪車を出版社編集部が撮影した写真を引用意匠としていました。

     原告が意見書を提出したところ、新たな拒絶理由が通知されました。引用意匠は、出版社が運営するウェブサイトに掲載された記事に表示された出版社編集部作成のコンピューターグラフィックス(CG)です。

     原告は意見書を提出しましたが拒絶査定されたので、拒絶査定不服審判を請求しました。これに対し、特許庁は、「本件審判の請求は、成り立たない。」とする審決をしました。

     その要旨は、「本願意匠と引用意匠は、意匠に係る物品が同一であって、形状等においても類似するものであるから、本願意匠と引用意匠とは類似する。本願意匠は、出版社編集部によって公開された予想CGが、実際に展示会に出品した試作車のデザインと実質的に同一であるとはいえないので、新規性の喪失の例外規定の適用を受けることができず、意匠法3条1項3号に掲げる意匠に該当するから、意匠登録を受けることができない。引用意匠は、冒認的な創作物であり出願人の意に反する公開である、とは認められないため、意匠法4条1項の規定も適用されない。」

     原告は、本件審決の取消しを求めて、本件訴えを提起しました。取消事由1は新規性の喪失の例外規定の適用に関する判断の誤りであり、取消事由2は本願意匠と引用意匠の類否の判断の誤りです。

     本件審決取消訴訟では、原告代理人は意匠審査基準を引用して審決の違法を主張しましたが、請求は棄却されました。

     前回も最高裁判例(最高裁昭和50年(行ツ)第120号同53年10月4日大法廷判決・民集第32巻7号1223頁)を引用して説明したように、審査基準に法規範性はありません。これは本件判決でも「意匠審査基準は法規範性を有するものではなく」と判示しています。審決取消訴訟で審理判断の対象となるのは、審判における判断が審査基準に適合しているか否かではなく、法の認める裁量権の範囲をこえ又はその濫用があつたか否かです(行政事件訴訟法30条)。

     では、本件審決取消訴訟では、どのような主張をすればよかったのか検討します。

     基本に立ち返って考えると、「無体財産法は、基本的には不正競業を禁止するためのものである。」(基本法学3財産290頁、「無体財産権」中山信弘)

     自動二輪車メーカーと自動二輪車雑誌出版社とは競業関係にあるとはいえず、むしろ「協業関係」にあると言えます。

     自動二輪車メーカーが展示会に出品した試作車のデザインに基づき、自動二輪車雑誌出版社が実際に販売されるであろう製品のデザインを予想したCGを作成して公開し、その予想CGが実際の製品デザインに似ていれば、購読者に対してその出版社の評価が上がり、雑誌の売り上げ向上に寄与します。

     自動二輪車メーカーとしては、出版社が話題を盛り上げてくれることによって、新製品の売り上げ向上に寄与します。

     すなわち、自動二輪車メーカーと自動二輪車雑誌出版社とは互いに「協業関係」にあると言えます。

     このような協業関係にある事業者によって公開された予想CGが、実際に展示会に出品した試作車のデザインと実質的に同一であるとはいえなくても、当該予想CGの公開は、意匠登録を受ける権利を有する者の行為に起因してなされたものと同視することができるはずです。これは、産業の発達に寄与するという法目的(意匠法1条)にも沿うものです。

     次に、協業関係にある事業者によって作成された予想CGの公開に対して、意匠法4条2項の適用を受けるためには、同条3項の手続きが必要であるか否か検討します。

     本願の出願日は令和5年8月31日なので、令和5年改正前の意匠法4条3項が適用されます。

     「同項が、新規性喪失の例外を認める手続として特に定められたものであることからすると、権利者の行為に起因した公開行為が複数存在するような場合には、本来、それぞれにつき同項の適用を受ける手続を行う必要があるが、手続を行った意匠の公開行為と実質的に同一とみることができるような密接に関連する公開行為によって公開された場合については、別個の手続を要することなく同項の適用を受けることができるものと解するのが相当である。」(知財高裁令和5年(行ケ)第10008号同5年6月12日判決)

     また、特許に関する判例であるが、「特許法30条2項が,新規性喪失の例外を認める手続として特に定められたものであることからすると,権利者の行為に起因して公開された発明が複数存在するような場合には,本来,それぞれにつき同項の適用を受ける手続を行う必要があるが,手続を行った発明の公開行為と実質的に同一とみることができるような密接に関連する公開行為によって公開された場合については,別個の手続を要することなく同項の適用を受けることができるものと解するのが相当である」(大阪地裁平成28年(ワ)第928号同29年4月20日判決)

     以上より、協業関係にある事業者によって作成された予想CGの公開に対して、意匠法4条2項の適用を受けるために同条3項の手続きは必要ないと解するのが相当です。

     なお、令和6年1月1日以降の意匠登録出願には令和5年改正後の意匠法4条3項が適用されるので、新規性喪失の例外の適用について判例を引用した主張は必要ありません。

     以上より、本件審決取消訴訟では、原審判は法目的(意匠法1条)に反し、法の認める裁量権の濫用である旨主張すべきです(行政事件訴訟法30条)。

     仮に知財高裁が認めなくても、最高裁に上告する価値があり、最高裁で認められれば、知財事件として最重要判例となるでしょう。

  • 第39話

     5月末から6月初めにかけて、弁理士業界で話題になった本があります。

     「特許実務のための進歩性のすべて」

     著者は、8人全員理系学部出身の弁理士です。監修者は、理系学部出身の弁護士です。遅ればせながら、図書館で借りて見てみました(熟読はしていない)。

     本書の第1章の1-2に「進歩性の判断に係る基本的な考え方」として、「当業者」「論理の構築(論理付け)」「技術常識」「周知技術・慣用技術」「技術水準」について特許庁の審査基準をそのままコピペしています。本書の著者及び監修者は、進歩性について論じることは審査基準をコピペすることと理解しているようです。

     また、「Column3 後知恵」として、審査基準を引用して解説していますが、これには、その根拠となる知財高裁判例(知財高裁平成20年(行ケ)第10096号同21年1月28日判決)があります。

     ところで審査基準とは、「申請により求められた許認可等をするかどうかをその法令の定めに従って判断するために必要とされる基準をいう。」と定義されています(行政手続法2条8号ロ)。

     この審査基準は、一般に法規性、裁判規範性はないとされています「逐条解説行政手続法〔改正行審法対応版〕」(一般財団法人行政管理研究センター編集)。

     これについて、最高裁は、「行政庁がその裁量に任された事項について裁量権行使の準則を定めることがあつても、このような準則は、本来、行政庁の処分の妥当性を確保するためのものなのであるから、処分が右準則に違背して行われたとしても、原則として当不当の問題を生ずるにとどまり、当然に違法となるものではない。処分が違法となるのは、それが法の認める裁量権の範囲をこえ又はその濫用があつた場合に限られるのであり、また、その場合に限り裁判所は当該処分を取り消すことができるものであつて、行政事件訴訟法三〇条の規定はこの理を明らかにしたものにほかならない。」(最高裁昭和50年(行ツ)第120号同53年10月4日大法廷判決・民集第32巻7号1223頁)と判示しています。

     すなわち、審査基準は裁判所に対して法的拘束力がないのは当然として、審査官・審判官に対しても法的拘束力はなく、審査官・審判官が審査基準とは異なる判断をしても、それだけでは違法とはなりません。

     審決取消し訴訟は、行政事件訴訟法の適用を受けます(特許法67条3項9号)。このため、審決取消し訴訟において審理判断の対象となるのは、審判における判断が審査基準に適合しているか否かではなく、法の認める裁量権の範囲をこえ又はその濫用があつたか否かです(行政事件訴訟法30条)。

     審査段階で審査基準を引用して反論することは許容されるとしても、審判では審査基準ではなく判例ないし裁判例を引用して反論すべきです。審判で拒絶審決し、審決取消し訴訟でひっくり返されると、審判官の評価に影響するからです。

     裁判所の判断である判決には、判例と裁判例があります。「判例」とは、他の事案に適用すべき法律的見解を含んでいる判決をいい、当該事案における理由を判示しただけでは判例ではありません(最高裁昭和26年(あ)第3474号同28年2月12日第一小法廷決定・刑集第7巻2号211頁)。すなわち、最高裁判決か高裁判決か地裁判決かは、判例と裁判例の区別に関係ありません。最高裁判決でも裁判例があり、地裁判決でも判例があります。ただし、上告受理申立ての理由にできるのは、最高裁判例(これがない場合は、控訴裁判所である高裁の判例)のみです(民事訴訟法318条1項)。

     なお、進歩性についての最高裁判決は、以下の1件のみです。

    ・最高裁平成30年(行ヒ)第69号令和元年8月27日第三小法廷判決・集民第262号51頁

     特許の進歩性について論じる場合、まず、知財判決の中から判例を抽出する必要がありますが、法律の素人が数多くの判決の中から判例を抽出するのは困難です。

     そこで法律のプロの力を借りるため、以下の論文を参照します。

    「進歩性を考える」(高部眞規子)(パテント誌、2022年1月号)

     https://jpaa-patent.info/patent/viewPdf/3931

     本論文の著者は元知財高裁所長であり、最高裁調査官も務めた知財裁判の専門家です。

  • 第38話

     パルワールド訴訟とその関連出願が話題になっています。

     任天堂株式会社と株式会社ポケモンが、ゲームソフト「パルワールド/ Palworld」を開発・配信する株式会社ポケットペアを相手に提起した特許権侵害訴訟です。

     ゲームソフトの権利侵害に対しては、著作権侵害と特許権侵害が考えられます。

     著作権侵害訴訟は類似性と依拠性を立証しなければならず、そのハードルは高いです。例えば、グリー株式会社が株式会社ディー・エヌ・エーらに対し、携帯電話機用インターネ ット・ゲーム「釣りゲータウン2」が原告の著作権を侵害する旨の訴えを提起し、第一審は差し止めと一部損害賠償を認めましたが、控訴審は著作権侵害を認めず、第一審判決を取り消しました。

     特許権侵害訴訟では、ゲームのアルゴリズムが原告の特許権を侵害する旨の訴えを提起することになります。原告は、元の出願の一部を分割して継続させ、さらに被疑侵害品に合わせた分割出願を行うことによって、訴訟を有利に進めることができます。

     被告は、被疑侵害品を設計変更し、特許権侵害を逃れることができます。この場合、原告は「均等論」を主張したり、設計変更後の製品に合わせて新たな分割出願を行うこともできます。

     また被告は、無効理由の抗弁を主張できます(特許法104条の3)。

     特許権侵害訴訟は、総合格闘技です。有利に戦いを進めていると思っても、相手が返し技を繰り出すことで、一瞬で逆転されることもあります。

     裁判所は、判決ではなく和解で纏めようとします(民訴法89条)。和解で裁判を終了することによって裁判所は判決を作成せずに済みます。裁判記録は原則として公開されますが(同法91条1項)、和解条項に係る部分は非公開なので(同条2項2文)、当事者は和解内容を世間に知られずに済みます。

     パルワールド訴訟では、訴えの根拠となった特許(原出願の優先日:2021年12月)の分割出願(特願2026-19762)が、情報提供によるゲームソフト動画を引用されて拒絶査定されたことが話題になっています。その引用ゲームソフト動画は2013年公開です。

     原告は、裁判所から和解勧試された場合、和解条件を有利にしようとして分割出願したものと思われますが、訴えの根拠となった特許権の優先日よりも前に公開されたゲームソフト動画を引用されて拒絶査定されたことにより、相手方に無効理由の抗弁理由を提供したことになります。すなわち藪をつついて蛇を出したことになります。