弁理士として独立開業し、気付いたことを綴っていきたいと思います。
テーマを決めて、一話完結形式で記していく予定です。
  • 第27話

     現在、仮想空間(メタバース)における画像の保護について意匠法の改正が検討されています。

     そこで問題になるのが、著作権法と意匠法の棲み分けです。

     著作権法は、思想又は感情の創作的表現を保護する法律です(著作権法2条1項1号)。現在、日本を含む多くの国がベルヌ条約に加盟しています。同条約では、無方式主義が規定されています(ベルヌ条約5条(2))。

     意匠法は、権利の成立に特許庁への登録を必要とする産業財産権法です。

     ヨーロッパでは、意匠の登録について、欧州連合(European Union:EU)の専門機関として欧州知的財産庁(European Union Intellectual Property Office:EUIPO)がスペインのバレンシア州アリカンテに設置されています。

     そのEUIPOの「欧州共同体 意匠保護に関する指令 2」では、「『意匠』とは,製品自体及び/又はその装飾の特徴,とりわけ線,輪郭,色彩,形状,織り方及び/又は素材に由来する製品の全部若しくは一部の外観をいう。」(1条(a))と規定されています。

     「『製品』とは,あらゆる工業製品又は手工芸品をいい,特に,複合製品に組み込まれることが意図されている部品,包装,外装,グラフィック記号及び印刷の書体等を含むが,コンピュータ・プログラムは除外する。」(同条(b))と規定されています。

     日本では、「手工芸品」は著作権法の保護対象であり(著作権法2条2項)、意匠法の保護対象ではありません(意匠法3条柱書)。

     また、印刷用書体は物品の形状等(意匠法2条1項)とはいえないため、日本では意匠法で保護することは困難とされています。

     ベルヌ条約では、「応用美術の著作物及び意匠に関する法令の適用範囲並びにそれらの著作物及び意匠の保護の条件は、同盟国の法令の定めるところによる。本国において専ら意匠として保護される著作物については、他の同盟国において、その国において意匠に与えられる特別の保護しか要求することができない。ただし、その国においてそのような特別の保護が与えられない場合には、それらの著作物は、美術的著作物として保護される。」と規定されています(同条約2条(7))。

     すなわち、応用美術の著作物及び意匠の保護の条件は、同盟国の法令の定めるところによりますが、意匠による保護が与えられない場合には、美術的著作物として保護されなければなりません。これは、応用美術については、著作物又は意匠のいずれかで保護され、いずれでも保護されない場合は、ベルヌ条約違反になります。

     日本の意匠法では、意匠登録の要件として、「工業上利用することができる意匠の創作をした者は、・・・、その意匠について意匠登録を受けることができる。」(同法3条1項柱書)と規定しています。すなわち、工業上利用することができない応用美術については、著作権法で保護されなければなりません。

     印刷用書体の著作物性について、最高裁は、「著作権法2条1項1号にいう著作物に該当するためには、従来の印刷用書体に比して顕著な特徴を有するといった独創性及びそれ自体が美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えていなければならない」(最高裁平成10年(受)第332号同12年9月7日第一小法廷判決・民集第54巻7号2481頁)と判示しました。

     このため、意匠法で保護されない印刷用書体について、著作権による保護に「純粋美術と同視しうる審美性」を要件とすると、ベルヌ条約違反になる可能性があります。

     仮想空間における画像の保護についても、「工業上利用することができる意匠」については意匠法で保護し、他は著作権法で保護するのが適切です。

     例えば、これまで実際に試作品を作成して行っていた評価実験を、コンピュータ上でシミュレーション実験する際の画像は、「工業上利用することができる意匠」に該当すると思われます。

     他方、メタバース空間における画像は、著作権法の保護対象になると思われます。

  • 第26話

     意匠法では、意匠登録の要件として、「工業上利用することができる意匠の創作をした者は、・・・、その意匠について意匠登録を受けることができる。」(同法3条1項柱書)と規定しています。これは、意匠登録の要件として、工業的に大量生産することができることが要求されることを意味します。

     このような意匠の保護が必要になったのは、産業革命によって工業製品が大量生産されるようになったからです。このことについて、ヨーロッパ主要4カ国(イギリス、フランス、ドイツ、イタリア)について解説します。

     産業革命は18世紀半ばから19世紀にかけてイギリスから起こり、大量生産によって安価な製品が溢れ、工場労働者は劣悪な労働環境で働かされていました。このような社会状況の中で生まれたのがアーツ・アンド・クラフツ運動です。しかし、これは産業革命以前の家内制手工業の時代に対する郷愁という意味しかなく、デザイン面からイギリスの工業生産に資するものではありませんでした。

     その後、19世紀後半から20世紀初めにかけて、第二次産業革命による新興工業国であるドイツ、アメリカの追い上げによって、イギリスの工業は衰退していきます。そのドイツでは、第11話で解説したように、第一次大戦後の1919年に設立された造形学校バウハウス(BAUHAUS)で機能美が生まれました。

     現代のイギリスを代表するインダストリアル・デザイナーと言えば、ジョナサン・アイブ氏とマーク・ニューソン氏(オーストラリア出身イギリス在住)でしょう。両氏のデザインの特徴は、バウハウス的な機能美を基本とし、それに審美的な形状や配色を組合せたものです。

     フランスでは、18世紀末のフランス革命による混乱でイギリスに比べ産業革命が遅れました。フランスでは、イギリスのアーツ・アンド・クラフツ運動を起源とした、曲線や装飾を用いたアール・ヌーヴォーが起こり、大量生産を否定したデザインがもてはやされました。そして、第一次大戦後、大量生産とデザインの調和を図ったアール・デコに移行していきます。アール・デコとは、装飾美術の意味です。

     フランスを代表する建築家・デザイナーのル・コルビュジエ氏(スイス出身で後にフランス国籍取得)は、1925年のパリ万国博覧会(アール・デコ博覧会)に出展された作品は装飾過多で、工業生産には不向きだと指摘しました。

     イタリアは、元々小国が分立し、イタリア全土が統一されたのは19世紀末です。このため、工業化も遅れ、北部を中心に工業が発展したのは、第二次大戦後です。今日、イタリアの人口はフランスより少ないものの、工業生産額はフランスを上回っています。

     そのイタリアは、世界的なインダストリアル・デザイナーのジョルジェット・ジウジアーロ氏を輩出し、同氏はフォルクスワーゲン社の代表的な小型車である初代ゴルフのデザインを手がけました。フォルクスワーゲン社はドイツの自動車会社であり、バウハウス的な機能的デザインを求め、同氏はその要求に応えて自動車史上の傑作と称えられる初代ゴルフをデザインしました。

     現代のインダストリアル・デザインは、バウハウス的な機能美を基本として、それに各デザイナーのバックグラウンドとなる文化的な観点から審美性を付加するデザインとなっています。ただし、それは工業生産に適したデザインであることが前提となっています。

  • 第25話

     第24話では、東レの経口そう痒症改善剤に関する用途特許(特許第3531170号、延長登録の存続期間満了2022年11月、以下「本件特許権」、)に基づく、沢井製薬、扶桑薬品に対する、本件特許権侵害行為による損害賠償請求訴訟の控訴審(知財高裁 令和3年(ネ)第10037号、令和7年5月27日判決)について取り上げました。この訴訟では、総額217億6381万余円の賠償金と遅延損害金の支払いが命じられており、これは知財訴訟における過去最高額です。その時点(7月1日)ではまだ判決文が公開されていませんでしたが、7月22日に公開されたので、その判決内容について解説します。

     侵害論についての判断では、特許請求の範囲に記載された「有効成分」の用語の解釈について、いきなり文献の記載を引用しています。同じ用語でも、文章の中で使用される場合、その文脈によって意味は変わってきます。特許法では、明細書の記載及び図面を考慮して、特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈するものと規定されている(同法70条)にも関わらず、いきなり一般的な文献の記載を引用して解釈するのは、法令違反です。

     損害論についての判断では、本件特許権の独占的通常実施権者である鳥居薬品について、沢井製薬、扶桑薬品に対する独自の損害賠償請求権が成立し、東レは鳥居薬品からその債権譲渡を受けたと認定しています。

     東レが製造した原告製剤は、すべて鳥居薬品を通じて販売されていました。本件特許権の存続期間中、少なくとも原告製剤(透析用途)については、鳥居薬品は原告の共同事業者として独占的通常実施権を付与される一方、特許権者である東レはその製造担当者として鳥居薬品に原告製剤を製造し、供給する関係にありました。

     独占的通常実施権者の積極的債権侵害に基づく逸失利益の損害賠償請求権と,特許権者の損害賠償請求権は,いずれも被疑侵害者の同一の特許権侵害行為によって生じる損害の賠償請求権なので,重複する範囲で,不真正連帯債権の関係にあります。(東京地裁平成27年(ワ)第22491号同29年7月27日判決)

     特許権者である東レが、被疑侵害者(沢井製薬、扶桑薬品)に本件特許権侵害に基づく損害賠償請求権を行使すると、債務者(沢井製薬、扶桑薬品)が債権者(東レ)に対して債務の弁済をしたことになり、その債権は消滅します(民法473条)。

     独占的通常実施権は、通常実施権の一形態であり、通常実施権とは「特許権者が、その特許権について他人に通常実施権を許諾する」ものです(特許法78条)。このため、特許権者がその特許権に基づき被疑侵害者に対して損害賠償請求権を行使すると、その特許権に基づく債権は消滅するので、重複する範囲で、独占的通常実施権者は権利行使することができません。

     しかし、本件知財高裁判決では、「本件においても、具体的事実関係に照らし、原告製剤の販売に関する鳥居薬品の利益が、その侵害者に対する関係で、不法行為法の観点から、法律上保護される利益であると認められるときは、鳥居薬品には、当該利益を違法に侵害されたことを理由とする固有の損害賠償請求権が認められるというべきである。」と判断しています。

     本件知財高裁判決は、特許権者(東レ)がその特許権に基づき被疑侵害者(沢井製薬、扶桑薬品)に対して損害賠償請求権を行使し、その特許権に基づく債権が消滅したにも関わらず、重複する範囲で、独占的通常実施権者の権利行使を認めたことになります。この判断は、債権法の枠組みを逸脱した違法な判断であり、法治国家における裁判とはいえません。

     このような裁判が行われると、外国企業からすれば、日本では知財訴訟の判決予測可能性が低く、そのような国で事業展開するのはリスクが大きいと判断されてしまいます。これは、「知的財産立国」を標榜する政府の方針に反します。