弁理士として独立開業し、気付いたことを綴っていきたいと思います。
テーマを決めて、一話完結形式で記していく予定です。
  • 第29話

     国境を越えた産業財産権の侵害について解説します。まず、商標権侵害と特許権侵害を明確に分けて考える必要があります。

    ・商標権侵害では、

    • 共同勧告において、インターネット上の標識の使用は、メンバー国で商業的効果を有する場合に限り、当該メンバー国における使用を構成するとされていること(共同勧告2条)(すしざんまい事件:知財高裁令和6(ネ)第10031号同6年10月30日判決)
    • 商標権者は、損害の発生について主張立証する必要はなく、権利侵害の事実と通常受けるべき金銭の額を主張立証すれば足りるものであるが、侵害者は、損害の発生があり得ないことを抗弁として主張立証して、損害賠償の責めを免れることができるものと解するのが相当である。(小僧寿し事件:最高裁平成6年(オ)第1102号同9年3月11日第三小法廷判決・民集51巻3号1055頁)

    ・特許権侵害では、

    • 本件配信による本件システムの構築は、我が国で本件各サービスを提供する際の情報処理の過程としてされ、我が国所在の端末を含む本件システムを構成した上で、我が国所在の端末で本件各発明の効果を当然に奏させるようにするものであり、当該効果が奏されることとの関係において、前記サーバの所在地が我が国の領域外にあることに特段の意味はないといえる。(ドワンゴvsFC2事件:最高裁令和5年(受)第2028号同7年3月3日第二小法廷判決)
    • 特許権、実用新案権等の場合には、それ自体が創作的価値を有するものであって、その侵害品は、その性能、効用等において特許権等を利用したものであるから、侵害品の売上げの中には必ず特許権等の対価に該当する部分がある。また、侵害品が売れたということは当該特許権等の実施品についての需要が存在するということを意味するものであるし、そもそも侵害品が販売されているということ自体が、当該特許権等の実施権設定についての需要が存在するということを意味するものといえる。(小僧寿し事件の最高裁判所判例解説 民事篇 平成9年度 (上) 370頁)
  • 第28話

     第27話では、仮想空間における画像の保護について、著作権法と意匠法の棲み分けについて説明しました。今回は、応用美術の著作権法による保護と意匠法による保護について比較検討します。

     著作権法には、「著作者人格権及び著作権の享有には、いかなる方式の履行をも要しない。」(同法17条2項)と規定されています。これは、著作者人格権及び著作権の享有には、その登録等の行政手続きを要しないという意味です。

     このため、著作者人格権及び著作権の享有については、司法機関である裁判所が判断します。著作権侵害を主張する者は、まず訴えを提起し、著作権の存在及び著作者であることを主張立証して認められる必要があります。

     応用美術に対する著作権法の適用について知財高裁は、「著作権法2条1項1号の規定からすれば,実用目的の応用美術であっても,実用目的に必要な構成と分離して,美的鑑賞の対象となる美的特性を備えている部分を把握できるものについては,上記2条1項1号に含まれることが明らかな「思想又は感情を創作的に表現した(純粋)美術の著作物」と客観的に同一なものとみることができるのであるから,当該部分を上記2条1項1号の美術の著作物として保護すべきであると解すべきである。他方,実用目的の応用美術であっても,実用目的に必要な構成と分離して,美的鑑賞の対象となる美的特性を備えている部分を把握することができないものについては,上記2条1項1号に含まれる「思想又は感情を創作的に表現した(純粋)美術の著作物」と客観的に同一なものとみることはできないのであるから,これは同号における著作物として保護されないと解すべきである。」(知財高裁平成25年(ネ)第10068号同26年8月28日判決)と判示しています。

     さらに、著作権侵害訴訟では、「著作物の複製とは、既存の著作物に依拠し、その内容及び形式を覚知させるに足りるものを再製することをいう」(最高裁昭和50年(オ)第324号同53年9月7日第一小法廷判決・民集第32巻6号1145頁)ので、依拠性も主張立証して認められる必要があります。

     これに対し、産業財産権法である意匠法では、権利の享有を行政機関である特許庁が立証してくれます。依拠性の立証も必要ありません。

     以上から、応用美術を的確に保護するためには、意匠登録することが確実であり、結果的に低コストで保護することができます。

  • 第27話

     現在、仮想空間(メタバース)における画像の保護について意匠法の改正が検討されています。

     そこで問題になるのが、著作権法と意匠法の棲み分けです。

     著作権法は、思想又は感情の創作的表現を保護する法律です(著作権法2条1項1号)。現在、日本を含む多くの国がベルヌ条約に加盟しています。同条約では、無方式主義が規定されています(ベルヌ条約5条(2))。

     意匠法は、権利の成立に特許庁への登録を必要とする産業財産権法です。

     ヨーロッパでは、意匠の登録について、欧州連合(European Union:EU)の専門機関として欧州知的財産庁(European Union Intellectual Property Office:EUIPO)がスペインのバレンシア州アリカンテに設置されています。

     そのEUIPOの「欧州共同体 意匠保護に関する指令 2」では、「『意匠』とは,製品自体及び/又はその装飾の特徴,とりわけ線,輪郭,色彩,形状,織り方及び/又は素材に由来する製品の全部若しくは一部の外観をいう。」(1条(a))と規定されています。

     「『製品』とは,あらゆる工業製品又は手工芸品をいい,特に,複合製品に組み込まれることが意図されている部品,包装,外装,グラフィック記号及び印刷の書体等を含むが,コンピュータ・プログラムは除外する。」(同条(b))と規定されています。

     日本では、「手工芸品」は著作権法の保護対象であり(著作権法2条2項)、意匠法の保護対象ではありません(意匠法3条柱書)。

     また、印刷用書体は物品の形状等(意匠法2条1項)とはいえないため、日本では意匠法で保護することは困難とされています。

     ベルヌ条約では、「応用美術の著作物及び意匠に関する法令の適用範囲並びにそれらの著作物及び意匠の保護の条件は、同盟国の法令の定めるところによる。本国において専ら意匠として保護される著作物については、他の同盟国において、その国において意匠に与えられる特別の保護しか要求することができない。ただし、その国においてそのような特別の保護が与えられない場合には、それらの著作物は、美術的著作物として保護される。」と規定されています(同条約2条(7))。

     すなわち、応用美術の著作物及び意匠の保護の条件は、同盟国の法令の定めるところによりますが、意匠による保護が与えられない場合には、美術的著作物として保護されなければなりません。これは、応用美術については、著作物又は意匠のいずれかで保護され、いずれでも保護されない場合は、ベルヌ条約違反になります。

     日本の意匠法では、意匠登録の要件として、「工業上利用することができる意匠の創作をした者は、・・・、その意匠について意匠登録を受けることができる。」(同法3条1項柱書)と規定しています。すなわち、工業上利用することができない応用美術については、著作権法で保護されなければなりません。

     印刷用書体の著作物性について、最高裁は、「著作権法2条1項1号にいう著作物に該当するためには、従来の印刷用書体に比して顕著な特徴を有するといった独創性及びそれ自体が美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えていなければならない」(最高裁平成10年(受)第332号同12年9月7日第一小法廷判決・民集第54巻7号2481頁)と判示しました。

     このため、意匠法で保護されない印刷用書体について、著作権による保護に「純粋美術と同視しうる審美性」を要件とすると、ベルヌ条約違反になる可能性があります。

     仮想空間における画像の保護についても、「工業上利用することができる意匠」については意匠法で保護し、他は著作権法で保護するのが適切です。

     例えば、これまで実際に試作品を作成して行っていた評価実験を、コンピュータ上でシミュレーション実験する際の画像は、「工業上利用することができる意匠」に該当すると思われます。

     他方、メタバース空間における画像は、著作権法の保護対象になると思われます。