弁理士として独立開業し、気付いたことを綴っていきたいと思います。
テーマを決めて、一話完結形式で記していく予定です。
  • 第23話

     均等論の最高裁判決には、ボールスプライン事件(最高裁平成10年2月24日判決)とマキサカルシトール事件(最高裁平成29年3月24日判決)があります。

     ボールスプライン事件が示した均等論は,典型的には出願後に新たな同効材が出現した場合における特許権者の救済を想定したものであり,置換容易性の判断も侵害時を基準とするものです。これに対して,マキサカルシトール事件の事案は,出願時に既に存在した同効材を用いた場合について均等侵害の成否が問題となったものです(参考文献:別冊パテント2021年11月号「均等論再論(均等の第5要件に関する更なる検討)」、三村量一著(https://jpaa-patent.info/patent/viewPdf/3830))。

     マキサカルシトール事件の原審(知財高裁平成28年3月25日大合議判決)では、均等の第1要件(非本質的部分)の判断において、「特許発明の実質的価値は,その技術分野における従来技術と比較した貢献の程度に応じて定められることからすれば,特許発明の本質的部分は,特許請求の範囲及び明細書の記載,特に明細書記載の従来技術との比較から認定されるべきであり,そして,①従来技術と比較して特許発明の貢献の程度が大きいと評価される場合には,特許請求の範囲の記載の一部について,これを上位概念化したものとして認定され,②従来技術と比較して特許発明の貢献の程度がそれ程大きくないと評価される場合には,特許請求の範囲の記載とほぼ同義のものとして認定されると解される。」と判示しました。

     その前提の上で、均等の第5要件(特段の事情)の判断において、「出願時に,特許請求の範囲外の他の構成を,特許請求の範囲に記載された構成中の異なる部分に代替するものとして認識していたものと客観的,外形的にみて認められるときには,出願人が特許請求の範囲に当該他の構成を記載しなかったことは,第5要件における「特段の事情」に当たるものといえる。」と判示しました。

     マキサカルシトール事件の最高裁判決は、上記原審の判断を追認したものです。マキサカルシトール事件は、出願時に既に存在した同効材を用いた場合についても均等侵害を適用できるように、均等の第1要件(非本質的部分)と第5要件(特段の事情)の判断手法をセットで判示したものです。

     均等論は、ボールスプライン事件が生みの親であり、マキサカルシトール事件が育ての親です。

     マキサカルシトール事件以降、特許権侵害訴訟は新たに段階に入り、特許権侵害の審理において、文言侵害と均等侵害がセットで審理されるようになりました。原告が、均等侵害を主張しない場合には、裁判所が均等の主張を促す実務も行われています。ただし、裁判所が原告に均等の主張を促したからといっても、必ずしも均等侵害を認める趣旨ではありません。控訴審において、第一審の審理不尽を指摘されないようにするためです。

  • 第22話

     企業がブランドイメージを構築しようとする際、製品表面の地模様や包み紙の地模様を権利として保護できれば有効と考えられる場合があります。

     これについて、特許庁の商標審査基準は、商標登録の要件である商標法3条1項6号(需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができない商標)の適用について、「地模様からなる商標について」は、「商標が、模様的に連続反復する図形等により構成されているため、単なる地模様として認識される場合には、本号に該当すると判断する。ただし、地模様と認識される場合であっても、その構成において特徴的な形態が見いだされる等の事情があれば、本号の判断において考慮する。」と規定しています。すなわち、地模様については、原則登録不可ですが、特別顕著性があれば、登録される場合もあることになります。

     拒絶査定に対する審判において、唐草模様からなる楕円輪郭の内部中央に唐草を組み合わせた楕円図形を表わしてなり、模様の部分は金色、その背影となる部分は薄緑色に着色された商標について、商標法第3条第1項第6号に該当し、商標登録を受けることができないとされました(昭和46年審判第6195号)。

     これに対し、審決取消訴訟では、図形商標を構成する花や唐草模様は、単なる構成上の素材にすぎず、個々の素材がありふれたものであつても、それらの配置、組合せ、彩色等によって、全体として自他商品識別力を生ずることは、十分可能なことは見易いところであるとして、当該審決を取消しました(東京高裁昭和49年(行ケ)第7号同49年9月18日判決)。

     製品表面の地模様や包み紙の地模様を商標登録するには、自他商品識別力を生ずることが必要とされます。そのために、その地模様を使用し続けても、その間に他社が類似の地模様を使用すれば、自他商品識別力を得られません。

     そこで、まず、その地模様を意匠登録します。意匠登録には、新規性(意匠法3条1項)及び創作非容易性(同条2項)が要求されます。すなわち、新規の地模様の方が登録を受け易くなります。意匠権は、意匠登録出願の日から25年権利期間があるので(同法21条1項)、その間の使用によって、自他商品識別力を獲得できれば、意匠権満了後は、商標登録することによって、永続的にその地模様を使用できるようになります。

  • 第21話

     企業がブランド戦略を策定する際、その中心となるのが商号と商標です。

     会社は、その名称を商号とします(会社法6条1項)。

     商標とは、文字、図形、記号等であって、商品又は役務について使用をするものいいます(商標法2条1項)。

     価値あるブランドの構築は一朝一夕にできるものではなく、長期間に亘る不断の努力が必要です。ブランド戦略における商号や商標の重要性を示す事例を紹介します。

    ・事例1(商号):レナウンは、かつては売上高で日本一となったアパレル大手でしたが、2020年に経営破綻しました。その主力事業をオッジ・インターナショナルが引き継いで、社名を「レナウン」に変更しました。

    ・事例2(商標):日本航空のシンボルマークは鶴丸で、長きに亘って使用されてきました。2002年に、日本エアシステムとの統合時に新デザインへ移行し、一時、消滅しました。しかし、2010年1月の経営破綻後、経営再建を託された稲盛和夫氏(京セラ会長)が原点回帰の意を込めて鶴丸を復活させました。

    ・事例3(商標):DUNLOPは、イギリスを発祥とするゴム、タイヤのブランドです。日本では、住友ゴム工業が商標権を有しています。住友ゴム工業は、Goodyear社より、欧州・北米・オセアニア地域における四輪タイヤのDUNLOP商標権等を526百万米ドル(826億円)で取得すると発表しました。この商標権取得により、一部の地域や商材を除き住友ゴム工業がグローバルにDUNLOPブランドでタイヤ事業の展開が可能になるとのことです。

    ・事例4(商標):スコットランドでは、蒸留所の名を冠したシングルモルトウイスキーがあります。サントリーのウイスキー「山崎」は、同社の山崎蒸溜所のモルトウイスキーだけでつくられた国産初のシングルモルトウイスキーです。この名称が一般的な氏でもあることから、発売当初は商標を出願しませんでした。販売実績を積んだ1994年に出願、拒絶査定に対する審判を経て、商標法3条2項(使用による識別性の獲得)によって1999年に登録が認められました。シングルモルトウイスキーの個性を主張する上でも、ブランドイメージを確立する上でも、蒸溜所の名を冠した商品名を商標登録することは重要でした。

     近年、歴史ある大手の会社がアルファベット数文字による新社名に変更する事例があります。そのような場合、新社名を見ても何の会社か分からず、旧社名を見て「あの会社か」と分かる場合もあります。そのような会社の中には、新社名のテレビCMを大々的に行っている会社もあります。

     「ブランドは広告でつくれない」(アル・ライズ、ローラ・ライズ 共著、2003年)という名著があります。その中で、「根本的な問題は、広告における信頼性の問題だ。どんなに作品がクリエイティブであっても、どんなに媒体選択が適切であっても、広告は信頼性の欠如という壁にぶちあたる。」(p.119)と指摘しています。さらに「ブランド構築に関する限り、広告は時代遅れになってしまったのだ。いまやブランドを構築するのはマスコミが発する情報だ。」(p.151)と指摘しています。