第25話
第24話では、東レの経口そう痒症改善剤に関する用途特許(特許第3531170号、延長登録の存続期間満了2022年11月、以下「本件特許権」、)に基づく、沢井製薬、扶桑薬品に対する、本件特許権侵害行為による損害賠償請求訴訟の控訴審(知財高裁 令和3年(ネ)第10037号、令和7年5月27日判決)について取り上げました。この訴訟では、総額217億6381万余円の賠償金と遅延損害金の支払いが命じられており、これは知財訴訟における過去最高額です。その時点(7月1日)ではまだ判決文が公開されていませんでしたが、7月22日に公開されたので、その判決内容について解説します。
侵害論についての判断では、特許請求の範囲に記載された「有効成分」の用語の解釈について、いきなり文献の記載を引用しています。同じ用語でも、文章の中で使用される場合、その文脈によって意味は変わってきます。特許法では、明細書の記載及び図面を考慮して、特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈するものと規定されている(同法70条)にも関わらず、いきなり一般的な文献の記載を引用して解釈するのは、法令違反です。
損害論についての判断では、本件特許権の独占的通常実施権者である鳥居薬品について、沢井製薬、扶桑薬品に対する独自の損害賠償請求権が成立し、東レは鳥居薬品からその債権譲渡を受けたと認定しています。
東レが製造した原告製剤は、すべて鳥居薬品を通じて販売されていました。本件特許権の存続期間中、少なくとも原告製剤(透析用途)については、鳥居薬品は原告の共同事業者として独占的通常実施権を付与される一方、特許権者である東レはその製造担当者として鳥居薬品に原告製剤を製造し、供給する関係にありました。
独占的通常実施権者の積極的債権侵害に基づく逸失利益の損害賠償請求権と,特許権者の損害賠償請求権は,いずれも被疑侵害者の同一の特許権侵害行為によって生じる損害の賠償請求権なので,重複する範囲で,不真正連帯債権の関係にあります。(東京地裁平成27年(ワ)第22491号同29年7月27日判決)
特許権者である東レが、被疑侵害者(沢井製薬、扶桑薬品)に本件特許権侵害に基づく損害賠償請求権を行使すると、債務者(沢井製薬、扶桑薬品)が債権者(東レ)に対して債務の弁済をしたことになり、その債権は消滅します(民法473条)。
独占的通常実施権は、通常実施権の一形態であり、通常実施権とは「特許権者が、その特許権について他人に通常実施権を許諾する」ものです(特許法78条)。このため、特許権者がその特許権に基づき被疑侵害者に対して損害賠償請求権を行使すると、その特許権に基づく債権は消滅するので、重複する範囲で、独占的通常実施権者は権利行使することができません。
しかし、本件知財高裁判決では、「本件においても、具体的事実関係に照らし、原告製剤の販売に関する鳥居薬品の利益が、その侵害者に対する関係で、不法行為法の観点から、法律上保護される利益であると認められるときは、鳥居薬品には、当該利益を違法に侵害されたことを理由とする固有の損害賠償請求権が認められるというべきである。」と判断しています。
本件知財高裁判決は、特許権者(東レ)がその特許権に基づき被疑侵害者(沢井製薬、扶桑薬品)に対して損害賠償請求権を行使し、その特許権に基づく債権が消滅したにも関わらず、重複する範囲で、独占的通常実施権者の権利行使を認めたことになります。この判断は、債権法の枠組みを逸脱した違法な判断であり、法治国家における裁判とはいえません。
このような裁判が行われると、外国企業からすれば、日本では知財訴訟の判決予測可能性が低く、そのような国で事業展開するのはリスクが大きいと判断されてしまいます。これは、「知的財産立国」を標榜する政府の方針に反します。