第15話

 キルビー判決(最高裁平成10年(オ)第364号同12年4月11日第三小法廷判決・民集第54巻4号1368頁)によって、侵害裁判所は特許に無効理由が存在することが明らかであるか否かについて判断することができ、無効理由が存在することが明らかなときは、その特許権に基づく差止め、損害賠償等の請求は権利の濫用に当たり許されない旨が判示されました。

 その後、特許法104条の3第1項が施行され、侵害裁判所は、無効理由の存在が「明らか」である場合に限らず、特許の有効性について判断することが可能とされました。侵害訴訟において、当該特許が「特許無効審判により無効にされるべきものと認められるとき」は、特許権者はその権利の行使をすることができないことになりました。

 これにより、特許の有効性に関する判断が、「無効審判ルート(無効審判、審決取消訴訟及び上告審)」と「侵害訴訟ルート(侵害訴訟、控訴審及び上告審)」の二つのルートで行われ得るという、いわゆる「ダブルトラック」という状況が生じています。

 特許の有効性の判断が無効審判の一次審決と侵害訴訟の第一審判決とで異なる場合であっても、侵害訴訟の控訴審と審決取消訴訟が知財高裁に同時期に係属した場合には、同じ担当部へ配てんされる運用により、知財高裁で判断が統一され、侵害訴訟ルートと無効審判ルートの二つのルートの判断齟齬が生じない仕組みになっているとされていました(https://www.jpo.go.jp/resources/shingikai/sangyo-kouzou/shousai/tokkyo_shoi/document/seisakubukai-28-shiryou/01.pdf)。

 上記の場合に該当する近年の裁判例を検討します。

 侵害訴訟(東京地裁令和元年(ワ)第25121号同3年12月9日判決)において、裁判所は、被告の実施する発明が当該特許権(特許第6538097号)の技術的範囲に含まれるが、当該特許権は引用発明(特開2015-102994号公報)により無効理由を有するとの理由で、請求を棄却しました。その控訴審(知財高裁令和4年(ネ)第10008号同4年11月29日判決)も、同様の理由で控訴を棄却しました。

 上記侵害訴訟の被告(被控訴人)は、同じ引用発明(特開2015-102994号公報)により上記特許権(特許第6538097号)の無効審判(無効2019-800106)を請求しましたが、請求不成立とされたので、審決取消訴訟(知財高裁令和3年(行ケ)第10027号同4年11月29日判決)を提起しましたが、同様の理由で請求が棄却されました。

 上記控訴審(知財高裁令和4年(ネ)第10008号同4年11月29日判決)及び審決取消訴訟(知財高裁令和3年(行ケ)第10027号同4年11月29日判決)は、同じ裁判体で同日に判断されました。にもかかわらず、侵害訴訟ルートと無効審判ルートで判断齟齬が生じています。特に、上記控訴審は、「特許無効審判により無効にされるべきものと認められるとき」(特許法104条の3第1項)に違反する違法な判断です。両訴訟の判決文を見ると、いずれも十分な審理をしているとは言い難く、第一審地裁の判断と特許庁審判部の判断を追認しているだけです。

 今年(2024)の7月1日、弁理士の日の祝賀会があり、知財高裁所長も来賓として招待されました。そこで、「早い、安い、便利な裁判所を目指します。」旨の挨拶をしました。この「便利な」とは、利用者にとって便利という意味ではありません。裁判所を運営する側にとって便利という意味です。すなわち、事案を十分に審理することなく、右から左に処理するという意味です。上記の裁判例は、その典型例です。現在の知財高裁は、その設立趣旨(知的財産高等裁判所設置法1条)に反し、機能不全に陥っています。